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東京地方裁判所 平成5年(ワ)9555号 判決 1994年10月25日

原告

佐々木由里

右法定代理人親権者父

佐々木康雄

同親権者母

佐々木谷津子

右訴訟代理人弁護士

中山吉弘

被告

学校法人川村学園

右代表者理事

川村澄子

右訴訟代理人弁護士

熊谷俊紀

右訴訟復代理人弁護士

布施憲子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告(昭和五四年一二月五日生)は、平成四年三月に被告の設置する川村小学校(以下「本件小学校」という。)を卒業し、同年四月に被告の設置する川村中学校(以下「本件中学校」という。)に入学した者であり、佐々木康雄(以下「康雄」という。)は原告の父、佐々木谷津子(以下「谷津子」という。)は原告の母である。

被告は、私立学校法三条の規定する学校法人で、本件小学校、本件中学校等を設置している。

2  本件中学校長の全国中学校スキー大会東京都選考会参加不承認と原告の退学

(一) 原告の父康雄はアルペンスキー競技の経験者であり、原告は幼少のころから康雄の指導を受け、アルペンスキーにおいて高い技能を修得していた。

(二) 原告が本件小学校六年生であった平成三年一一月ころ、康雄及び谷津子は、本件中学校副校長千代田登(以下「千代田」という。)と面接し、同人に対し、原告がアルペンスキーの高い技能を有していること、将来はスキー選手として活躍させたい希望を有していることなどを述べるとともに、原告が中学生となったならば、全国中学校スキー大会、同大会東京都選考会等の公式競技大会に出場させたいので、原告が本件中学校に進学した場合、これらの競技大会に出場できるか否かを質問した。

これに対し、千代田は、本件中学校にはスキークラブは存在していないものの、東京都中学校体育連盟(以下「中体連」という。)に加盟しているので、原告が希望すれば全国中学校スキー大会への参加は可能であると説明した。

康雄及び谷津子は、原告が本件中学校に入学した場合、全国中学校スキー大会に出場可能であることを確認した上、原告を本件中学校に進学させた。

(三) 平成四年一〇月一二日ころ、康雄は、千代田及び原告担任教論西浦(以下「西浦」という。)と面接し、原告の全国中学校スキー大会への参加に備えて、同年一〇月一八日から同年一一月一一日までオーストリア国内のスキー場での海外練習に参加させたいと思っているが、その間原告が本件中学校に登校できなくなるので、本件中学校長の承認を得たい旨申し出たところ、千代田から右承認を受けるとともに、千代田及び西浦から激励の言葉があったので、原告は右海外練習に参加した。

(四) 中体連スキー部規定によると、全国中学校スキー大会東京都選考会(以下「本件選考会」という。)の参加資格として、所属中学校の出場承認が必要とされている。したがって、原告が、平成五年一月八日から同一〇日までの間実施された第三〇回本件選考会に参加するためには、本件中学校長の出場承認が必要であった。

本件中学校長は、原告の第三〇回本件選考会出場の承認の申請に対し、右承認を与えなかった(以下「本件不承認」という。)。そのため、原告は、第三〇回本件選考会に参加できなかった。

(五) 千代田によると、本件中学校長は今後も本件中学校所属生徒に全国中学校スキー大会への出場承認を与える予定はないとのことであり、このまま原告が本件中学校に所属していても本件選考会に出場できないことが判明したので、原告は平成五年一月本件中学校を退学し、現在スイスの中学校に通学している。

3  本件不承認の違法性

(一) 本件選考会は学校教育活動としての対外競技であるところ、そもそも教育とは、人間の能力発達の可能性を専門的知見と方法によって開花させる営みであり、その本質から画一化ではなくむしろ個別化が必要とされるのであって、憲法二六条は、憲法一三条(幸福追求権)及び憲法二五条(生存権)を前提としつつ、被教育者の能力と発達の可能性に応じてその能力の発達を助長するに必要かつ十分な教育条件の整備された人的物的環境で教育を受ける機会を著しく保障したものである。すなわち、原告の本件選考会への出場は、個性豊かな学習によって正常に発達する権利としての内実を含む教育を受ける権利(憲法二六条)により保障されているものである。

(二)(1) 従来の中学校学習指導要領を改正した平成元年三月一五日文部省告示第二五号(以下「学習指導要領」という。)は、スキー・スケートについて、これまで積雪地・寒冷地などにおいて他の体育分野の内容に「加えて」指導できるとしていたものを、「自然とのかかわりの深いスキー、スケートなどの指導については、地域や学校の実態に応じて積極的に行うことに留意するものとする。」と改めた。また、対外運動競技に関する「児童・生徒の運動競技について」と題する文部省事務次官通知(昭和五四年四月五日文体体八一。文部事務次官から各都道府県教育委員会、各都道府県知事、附属学校を置く各国立大学長、各国公私立高等専門学校長あて通知)(以下「次官通知」という。)は、中学校生徒にも対外運動競技に参加する途を開くとともに、その基準を定めている。

(2) 本件中学校は私立学校であり私学教育の自由は肯定されるべきであるが、右自由も限られた一定の範囲に限定されるものであって、私立学校も公教育機関の一つとして、国の定める教育内容に従う義務を負うものであるから、学習指導要領の法的拘束を受け、次官通知を尊重すべき立場にある。

(三) 千代田は前記2(二)のとおり、全国中学校スキー大会への参加は可能であると説明していた。

(四) 本件中学校長の本件不承認は、原告の第三〇回本件選考会参加の意思を知りながら、何ら合理的理由がないのに、学習指導要領に違反し、次官通知を遵守せず、その結果原告の教育を受ける権利を故意に侵害したもので、違法である。

4  被告の責任

原告は、被告が設置する本件中学校校長の右不法行為によって後記損害を受けたものであるから、被告は、原告に対し、民法七一五条により右損害を賠償する責任を負う。

5  損害

原告の受けた精神的苦痛を金銭で評価すれば、慰藉料一〇〇〇万円が相当である。

6  よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として一〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成五年六月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は具体的には知らない。

(二)  同2(二)の事実中、原告主張の面接がなされた点及び原告が本件中学校に進学した点は認め、面接に至る経緯及びその内容は否認する。

千代田は、本件小学校から、当時より既にスキーの練習や競技会への参加のために欠席することが多く、担当教師や副校長ともしばしば協議を重ねてきた原告について、就学状況などの点で学内推薦に問題がある(具体的には、保護者に関し現在及び将来にわたり被告側の教育方針に対する理解と協力が得られるか疑問がある、小学校六年時の年間欠席日数が要出席日数に一割を超える、生活指導上指導された問題につき矯正されていない疑いがある、といった点)との報告を受け、本件中学校として、保護者の考えを聞き是正が可能か否かを探った上、受け入れ可能か否かを検討するため面接したものである。この際、千代田は、中学校進学後もスキー練習のための欠席を続けさせる意向を有していた康雄らに対し、本件中学校は選手を特別扱いすることはしない方針であり、かつ、本件中学校にはスキークラブは正式の組織として設置されておらず、中体連スキー部への加盟も行われていないことを説明した上で、選手生活を希望するのであれば、他の条件の整った中学校に進学した方がよいと勧めたが、康雄らは本件中学校への進学を希望し、今後は学園の方針を尊重し学校行事に積極的に参加することを約したので、その旨の誓約書を提出してもらうことを条件に本件中学校への学内推薦入学を了承したものである。

(三)  同2(三)の事実中、原告主張の面接がなされた点及び原告が海外練習を行った点は認め、面接に至る経緯及びその内容は否認する。

右海外練習による欠席期間中には、学園祭が予定されており、欠席期間の長さによる学力の低下、学校行事への不参加などから好ましくなかったが、原告側の要請が執拗であったため、注意をするとともに黙認したに過ぎない。また、康雄は、原告を全国中学校スキー大会に出場させたいとの意向をもらし、引率教員がいなければ自分を監督として認めてほしいと要請したが、千代田はいずれも承認しなかった。

(四)  同2(四)の事実は認める。

(五)  同2(五)の事実中、千代田が本件中学校所属生徒に全国中学校スキー大会の出場を承認する予定がその時点ではないことを伝えたとの点は認め、原告が現在スイスの中学校に通学している点は知らない。また、原告は手続上は、平成五年三月三一日をもって、本件中学校から転学した扱いとなっている。

3  同3ないし5の主張は争う。

三  被告の主張

1  そもそも、中学生の学校教育活動としての対外競技へ所属生徒を参加させるべきか否かの判断は、中学校の自由裁量に委ねられている事項であり、権利濫用と言える程度に著しく不当な裁量権の行使がない限り不法行為は成立しない。

すなわち、

(一) 最高裁昭和五一年五月二一日大法廷判決刑集三〇巻五号六一五頁は、「(憲法二六条の)規定の背後には…みずから学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在している…」と述べる一方、誰がどの範囲で子供の教育に対する支配権や発言権を有しているかにつき、「子どもの教育の結果に利害と関心を持つ関係者が、それぞれその教育の内容及び方法につき深甚な関心を抱き、それぞれの立場からその決定、実施に対する支配権ないしは発言権を主張するのは、極めて自然な成行きということができる。」「親の教育の自由は、主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由にあらわれるものと考えられるし、また、私学教育における自由…も…限られた一定の範囲においてこれを肯定するのが相当であるけれども…国は…必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する機能を有する…」としている。

右の考えに立脚しつつ本件に即して言えば、学習指導要領により、被告の中学校における教育内容決定権は一定の範囲で制約を受けるものの、ただ、学習指導要領は、大綱的に教育内容を規制するに過ぎず、教育内容決定の具体的分野では各学校がかなり柔軟に具体的内容を盛り込み決定することができるのであって、特に、被告のような私立学校においては、具体的内容の盛り込みにあたり、かなり自由にその内容を決定できるものである。

(二) そして、学習指導要領は、各中学校に対し、学校教育としてのスキーの対外競技に参加させる義務を課しているものではなく、また、原告がその根拠とする次官通知も学校体育として対外競技に参加することの有意性を認めるものの、参加を義務づけてはおらず、参加するか否かは最終的には学校自体が決定するものであることを当然の前提として、参加に当たっての参加者の注意点を指摘したに過ぎない。

したがって、学校教育である以上、対外競技への参加の前提としては、まず学校体育としての教育行為が存在し、その教育の一環として対外競技に参加させるべきものであり、何らの教育的準備もない被告に一律に対外競技への参加を義務づけたり、教育的準備(例えばクラブの設置)自体を義務づけたりするものでもない。

ところで、本件選考会は学校教育活動としての参加を基本としていることから、その参加不参加は学校の裁量にゆだねられており、生徒又はその父兄個人からの参加申し入れは、学校の計画実施を促す行為に過ぎず、学校に対する拘束力を有するものではない。

(三) 学習指導要領は偏った人間像を求めるのではなく、バランスの取れた人間像を求めているのであって、スキー競技会に参加するために授業や行事を欠席することを認めず、また、このような生徒を特別扱いしないこととする被告の長年の教育方針は、決して学習指導要領に反するものではない。

むろん、私立学校の中には、競技スキーに参加することによる教育効果をより重視する学校もあると思われるが、それは、各学校が全体としての基本的教育方針との兼ねあいで、それぞれの学校自体が自由に選択できることであり、このような方針を選択するもしないも学校の自由に任せられているのであって、学習指導要領はこのような学校教育の自由を侵してはいない。

学習指導要領や次官通知は、一生徒の両親が学校の行事や授業を犠牲にしても対外競技会に出場させたいとの希望を有するからといっても、学校が親の希望に従って競技会に参加させなければならない等といっているのではない。それはあくまで親の子供に対する教育の世界の問題にすぎない。

2  本件中学校は、所属生徒の対外競技活動への参加承認については、学習指導要領と次官通知の趣旨に反しない範囲で、中学校内にクラブ活動としての部があること、クラブ活動としての実績があること及び当該生徒の学業成績、就学状況等を勘案して対外競技活動に参加させることが妥当と判断した場合で、かつクラブの指導教師が引率できる場合に、承認を与えるとの方針のもとに、具体的事例ごとに承認・不承認を判断していた。

3  本件不承認は、左記の理由によるものであり、承認を与えなかったのは極めて当然の合理的かつ妥当な判断であった。

(一) 本件中学校にはスキークラブがなく、またクラブ活動としての実績もないこと(本件中学校には、従来から今日までクラブ活動としてのスキークラブはなく、したがって、中体連スキー部にも加盟しておらず、競技スキーの指導体制、指導者、引率者もなく、学校教育活動としての対外競技参加の下地がなかった。)

(二) 原告には、従来にも、学園行事不参加、長期欠席があり、就学状況に問題があること(具体的には、原告は、①平成四年七月二一日から同月二五日までの間に予定されていた修養会に、医師の診断もないまま夢遊病との理由で欠席しながら、同月二五日から同年八月二三日まで、康雄とともにヨーロッパにスキーの練習に行き、②同年一一月二日から同月四日までの間に予定されていた学園祭にも欠席して、前記のとおりスキーの海外練習に出かけたほか、③原告の家事都合による欠席は、当時において要出席日数の一割を超え、特に二学期について見ると、要出席日数六六日のうち二割を超える一六日を欠席していたものである。)

(三) 長期欠席による学力低下の不安があること

(四) 仮に第三〇回本件選考会への原告の出場を承認したとした場合にも、本件中学校には原告のための引率の指導者がいないこと

(五) 康雄らは、本件中学校入学の際に、スキー部のないこと、選手を特別扱いしないこと、本件中学校が中体連スキー部へ加盟していないこと、学校に指導体制のないことを充分に知りながら、他の中学校への転学の勧めを断り入学したものであって、不承認を当然に納得していたこと

(六) 原告は、前記誓約書の趣旨に反し、スキー練習を理由とする欠席を続け、学校行事への積極的参加の熱意に欠けており、原告の両親も原告の右のような姿勢を当然のことと認識していたのであって、かかる生徒の対外競技活動への参加を承認することは、理由のない欠席を容認することでもあり、他の生徒に対する影響、制度としてのけじめの観点からもできないこと

4  したがって、本件不承認には合理的な理由があり、本件中学校長の判断はその裁量の範囲内にあり、違法なものではない。

四  被告の主張に対する反論

1  学校の裁量権に関する被告の主張は特異な見解である。

2  第三〇回本件選考会への出場に伴う原告の学力低下の不安はない。原告の学力は常にクラスの上位一〇パーセント内であった。

3  本件中学校にスキークラブのないこと又はクラブ活動としての実績がないことは、不承認の理由にはならない。本件選考会には。スキークラブのない学校の生徒も多数参加している。

仮に、右事由が本件不承認の理由であったとすれば、平成三年一一月の面談の際、千代田は、康雄に対し、原告の対外競技活動の参加は不可能であることを伝えるべきであったのに、これを怠ったものである。

4  原告の就学状況に問題はなく、康雄らがスキー練習のために長期欠席することを当然のことと認識していたこともなく、むしろ小学校時代の欠席率を維持又は減少させるため努力していた。

なるほど、原告は、本件中学校の修養会及び学園祭に参加しなかったが、修養会は夏期休暇期間中の行事であって、要出席日数に算入されるべき対象には該当せず、学園祭開催中にスキー練習に行ったことについても、その前の時期は短縮授業となり、その後も振替休日(平成四年一一月五日)及び土曜休日(同月七日)となっていたのであり、出席率を維持し学力の低下を回避しつつ、スキーの練習を行うとすれば、この時期以外は存在しなかったことから選択されたもので、しかも原告は海外練習に出発する直前まで学園祭の準備に参加し、帰国時には、空港から学校へ遅刻しながらも通学したのである。

5  原告が第三〇回本件選考会に出場した場合に、本件中学校の教職員に引率の指導者の候補者がいなかったことは認める。しかし、スキーについては中体連主催の大会のみ当該校長の承認を得た外部指導者・コーチでもよいとされており、実際に外部指導者が引率した選手はかなりいた。本件の場合、康雄らは、外部指導者による引率の手配までしていたが、本件中学校はこれを拒否した。

6  康雄らは、スキー練習による欠席を自粛する誓約をしたことはない。康雄らは、本件中学校に原告を入学させた際、被告に対してその指摘する誓約書を差し入れたが、その内容は抽象的なものであって、康雄らが原告の就学に関して被告側に対し何らかの具体的な約束をしたものとはいえず、かつ、原告には本件中学校に進学するについて支障となる事由は存在しなかったのに、千代田の求めによりあえて差し入れさせられたものであるから、何らの法的拘束力を有するものではない。

7  被告は、運動競技及びその対外競技会参加の教育的効果並びに練習の重要性を理解せず、スキー競技を単なる遊戯又は個人的趣味に過ぎないとの偏見に基づいて、スポーツ選手である原告に対して他の生徒と同様の厳格な出席率の達成を求めたものであり、生徒のスポーツ能力の育成を阻み、個性豊かな教育の実現を否定したものである。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いのない事実に、証拠(甲一ないし六、一一ないし一六、二五ないし三〇、三四、乙一ないし三、五ないし一〇、証人千代田、原告法定代理人康雄(信用できない部分を除く。))及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認定できる。

1  原告は、アルペンスキー競技の経験者であった父康雄の指導により、二歳ころからスキーを始め、五歳の時からアルペンスキーの競技会に出場していた。昭和六一年四月の本件小学校入学後も、原告はスキー活動を続け、本件中学校に進学する直前の平成三年度冬季も各種の公式競技会で優秀な成績を修めていた。

2(一)  本件小学校在学中、原告は、学業成績も比較的安定しており、日常生活においても、登下校時に他の児童の足を蹴ることがあったとの問題を起こしたほかは、特に問題はない状態であった。

しかしながら、スキーの練習や大会出場のため、病気や家事都合の名目により、毎年要出席日数の一割前後の日数を欠席しており、欠席の仕方も、始業式・大掃除などの学校行事日や、祝日と週末の間の平日を利用して、連続して登校せずに済むようにすることが多かった。また、平成二年度まで原告の欠席は一二月から三月までの間に集中していたが、平成三年秋には学園祭を含む九日間を欠席し、日曜日と臨時休業日をあわせ一〇月二六日から一一月一〇日まで連続して一六日間登校しないことがあった。本件小学校側は、このような欠席状況を問題として、康雄又は谷津子に対し度々改善を要請し、さらに転校を勧めたこともあったが、原告の欠席状況は変わらなかった。

(二)  被告は本件小学校と本件中学校を通じて一貫教育を行っており、本件中学校は本件小学校が推薦した卒業予定者に対し原則として入学を承諾するが、毎年一割程度の児童については本件小学校が推薦の際に条件を付しており、右児童については本件中学校が父母と面接した上入学を承諾するか否かを判断している。

平成三年秋、本件小学校は、本件中学校に対し、同四年度の本件中学校入学予定者を推薦したが、原告については、欠席状況及びそれに関する康雄らの非協力的態度並びに日常生活行動を理由として推薦に条件を付した。

同三年一一月末、千代田は、原告の本件中学校入学の諾否を検討するため、康雄及び谷津子と面接した。千代田は、康雄らに対し、スキーのための欠席が多いことを指摘し、本件中学校入学後もスキーを続けるか否かを質問した。康雄らがスキーを続けさせたいと返答したので、千代田は、本件中学校では選手を特別扱いしないこと及び本件中学校は中体連スキー部に加盟していないため公式競技への参加にも障害があることを告げ、康雄らに対し、特定の学校名を挙げずに他の中学校への進学を勧めた。康雄らは、本件中学校が自宅から近く両親の下から原告を通学させることができ、また、将来的にも、被告の経営する上級学校への進学が期待でき受験勉強の負担を避けることができるといったことから、本件中学校への進学を強く希望し、原告の欠席状況を改善することを約したが、千代田は、本件小学校において度々注意を受けながら欠席状況が改善しなかったことを考慮し、欠席状況を改善し学校行事にも積極的に参加する旨の誓約書の提出を求めた。

同年一二月二日ころ、康雄らは千代田の指示どおりの内容の誓約書(乙第一号証)を提出し、これを受けて本件中学校も原告の入学を最終的に承諾することを決定した。右誓約書には、「原告が本件中学校へ入学するに当たり、私どもは貴校の建学の精神に共鳴いたしております。ついては、学校へ協力し、学校行事の大切さを充分理解し、欠席することのないよう努力し、学校生活に支障のないよう留意いたしますことを誓います。」旨記載されている。

(三)  その後も、原告は、同月末の冬至会、大掃除、終業式、翌年一月の始業式などを欠席したほか、二月一日に北海道手稲アイランドスキー場で開催された第三〇回東京都スキー選手権大会に出場するため一月三〇日及び同三一日に登校せず、後日インフルエンザないし気管支炎を理由とする欠席届(乙第八号証の一、二)を提出するなどして、結局平成三年度全体としては、要出席日数二二五日の一割をこえる二六日を欠席した。

3(一)  原告は、平成四年四月、本件中学校に入学した。その直後、本件中学校は保護者に対し平成四年度年間行事予定表(乙第九号証)を配付し、康雄らも修養会、学園祭などの学校行事の時期を認識していた。

しかしながら、原告は、同年七月二一日から同二五日まで行われた修養会(いわゆる林間学校、入学直後のガイダンスにおいては、修養会は授業の一環であるから必ず参加するよう説明されていた(乙五))につき、これに先立つ同一七日に夢遊病を理由とする不参加届(乙第二号証)を提出して参加せず、修養会最終日の二五日に約二か月前から予定していたオーストリアでのスキー練習に出発した。

(二)  同年一〇月九日、康雄らの申し出により、千代田及び西浦は康雄及び谷津子と面接した。

康雄らは、平成五年一月に開催が予定されていた第三〇回本件選考会などに備えて、平成四年一〇月一八日から一一月一一日までオーストリアでの海外練習に参加するため原告が欠席すること及び原告が出場を予定している競技会の日程を告げた。千代田は、欠席期間が長期になること、その間学園祭が予定されていること、他の生徒に対する影響などを理由に変更を求めたが、康雄らはこれに応じなかった。また、康雄らは、第三〇回本件選考会について、原告の出場承認を求めるとともに、本件中学校に適当な引率者がいないのであれば康雄が学校の嘱託として引率することを申し出たが、千代田は、出場承認の点については明確な解答を避け、引率の申し出については拒否した。

(三)  右面接の直後である一〇月一一日ころ、中体連スキー部長である児玉教諭は、康雄らの依頼により、本件中学校の中体連スキー部加盟及び原告の第三〇回選考会参加に必要な書類を送付した上、千代田に対し、電話で、原告が右選考会参加を希望しているので部加盟の手続をとるよう要請したが、千代田はこれを拒否した。

(四)  原告は、同月一八日から一一月一一日まで前記海外練習に参加し、右期間中一六日間が欠席扱いとなった。これに伴い、この間の同年一一月三日から同月四日までの間に開催された本件中学校の学園祭には、原告は不参加となった。

4(一)  本件選考会は、学校教育団体である中体連が主催する対外運動競技であって、中体連スキー部加盟中学校がその所属生徒の中から参加する者を特定した上参加申込みをするものであって、原告が出場するためには本件中学校長の承認が必要であった。

(二)  本件中学校においては、課外のクラブ活動としてスキー部は設置されておらず、スキーの指導に当たる教員もいなかった。

(三)  康雄らは、千代田を通じ本件中学校長に対し、原告の第三〇回本件選考会出場の承認その他の必要な手続をとるよう求めたが、本件中学校長は、本件中学校が中体連スキー部に加盟していないこと、本件中学校にスキー部がなくスキーを指導する教員もいないこと、原告の欠席状況、康雄らの学校行事に対する非協力などを理由として右手続をとらなかった。

5  原告は、平成五年一月以降、本件中学校に登校しなくなり、現在スイスの中学校に通学している。手続上は、原告は、平成五年三月三一日をもって、本件中学校から転学した扱いとなっている。

三 以上認定した事実に基づき、本件不承認の違法性について判断する。

1 原告は、被告の本件不承認が、憲法二六条の趣旨を踏まえ、体育分野の内容へのスキー競技の積極的取り込みや、対外運動競技への生徒の参加の機会の確保を求めている学習指導要領及び次官通知に反するものである旨主張するので、まずこの点について検討する。

(一) 原告の主張は、学習指導要領等が、被告のような私立学校に対しても、法的拘束力を有するとするものである。

ところで、学習指導要領は、中学校における教育課程の標準を明らかにした学校教育法施行規則五四条の二及び別表第二に基づき定められたものであるが、体育教育については、体操、器械運動、陸上競技、水泳、球技、武道、ダンス及び体育に関する知識の八種に大別したうえでそれぞれその目的、履修方法等を具体的に規定しているのに対し、スキーについては「自然との関わりの深いスキー、スケートなどの指導については、地域や学校の実態に応じて積極的に行うことに留意するものとする」と規定している(学習指導要領第2章第7節第2の3の(4))にとどまる(甲二二)。そして、右は、現在の生徒を取り巻く社会環境の中で自然とのかかわりを深める教育が有効であることから、諸条件の整っている学校において、スキー、スケートなどの野外での運動を積極的に奨励しようとするものであるとされている(甲二三)。

右の規定の仕方から見ると、仮に学習指導要領の右該当部分が原告の主張するように法的拘束力を有するものとしても、右学習指導要領は、中学校におけるスキー指導については、これを一般的に推奨するものの、日本国内においてスキーの可能な地域が限定されていること等スキー競技の特殊性に鑑み、各学校における具体的なスキー指導については、それを行うか否かの点も含めて、地域や学校の実態を考慮した各学校の裁量的判断に委ねたものと解するのが相当である。

また、次官通知は、「児童・生徒の参加する運動競技については、その実施及び参加の適正を期するとともに、一層の振興を図るため」として、学校教育活動としての対外運動競技について、学校の留意すべき事項として「本人の意志、健康及び学業などを十分配慮するとともに、その保護者の理解をも十分得るようにすること」等を挙げるとともに、中学校の対外運動競技の行われる地域の範囲及び参加回数等の基準を定めているものであり(甲二四)、右次官通知も、中学校の対外運動競技について、生徒本人の意志、健康及び学業などの具体的事情に基づく学校の裁量的判断を前提としているものと解するのが相当である。

また、以上の各法令等においては、中学校の生徒又はその保護者が、スキーの対外競技会への参加を希望した場合に、学校において直ちにこれを承認すべきものとする規定は見当たらない。

(二) 次に、前記二4(一)で認定したとおり、本件選考会は、中体連スキー部加盟中学校自身が、その所属生徒の中から参加する者を特定した上、参加申込みをするものである。

(三) 右のような本件選考会の参加手続、学習指導要領及び次官通知の趣旨等に照らしてみると、本件中学校において、第三〇回本件選考会への所属生徒の参加を承認すべきか否かの判断は、学校長の裁量に委ねられているというべきであり、所属生徒の第三〇回本件選考会参加を承認しないことが社会通念上合理性を欠くと認められない限り、右不承認が違法と評価されることはないというべきである(なお、右は学習指導要領の法的拘束力の有無とは直接かかわりあいはないものと解すべきであり、不承認が社会通念上合理性を欠くときは原告に対する関係で違法との評価を免れないものというべきである。)。

2 そこで、本件不承認が社会通念上合理性を欠くと認められるか否かを判断する。

まず、前記二4の(一)及び(二)で認定したとおり、そもそも本件選考会は、学校教育団体の主催により、学校教育活動の一環として、学校が参加単位となって行われているものであるところ、本件中学校においては課外のクラブ活動としてのスキー部もなく学校教育活動としてのスキー指導はなされていないのであるから、本件中学校がその所属生徒を第三〇回本件選考会に参加させないとした判断には一定の合理性が認められるし、前記二の2及び3で認定したとおり、原告の欠席日数が年間要出席日数の約一割に及び、さらに平成三年度以降増加傾向にあったこと及び原告の欠席の仕方が計画的であることなどから、長期欠席による原告の学力低下のおそれがあり、かつ、原告の学校生活における態度が他の生徒に少なからぬ影響を与えるおそれがあると判断した点にも、それぞれ合理性が認められる。

なお、原告は、中体連スキー部加盟中学校の中には、スキー部がないにもかかわらず、外部指導者に委託するなどの方法により本件選考会に参加している学校があるとの理由で、本件中学校の判断に合理性がないと主張しているが、右主張が事実であるとしても、本件中学校に対してかかる便宜的方法を取ることを直ちに義務づける根拠は見出し難い上、前記二の2及び3で認定したとおり、本件中学校進学時に康雄らが念書(乙第一号証)を提出し、学校行事を尊重し欠席状況を改善することを約しながら、学校行事の時期にあわせて長期欠席をしたことなど、一連の経緯に照らせば、本件中学校側がかかる方法を取らなかったことも理由がないとはいえない。

3 以上のとおり、本件不承認が社会通念上不合理であると認めるに足りる事情はなく、本件不承認が違法であるとはいえない。

四  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求には理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宗宮英俊 裁判官八木一洋 裁判官中山雅之)

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